Interview
伊豆大島で「理性と感性が揺さぶられる」体験を。都市と離島を繋ぐ唯一無二の創業支援施設
竹芝から高速船で約2時間、火山島ならではの地形と多様な動植物に出会える伊豆大島。大自然や独自文化に惹かれ、この地で起業しようとする人たちを支援するのがIzu-Oshima Co-Working Lab WELAGO(ウェラゴ)です。自身も大島出身で、運営責任者を務める稲田 晋司氏が、施設の魅力を語ります。
プロフィール
東京都大島町生まれ。建築やオフィス分野でキャリアを重ね、株式会社フロンティアコンサルティングには創業時より参画。現在はデザイン部門のマネジメントと、同部門内に設立したR&Dでリサーチ活動やサービスデザインに取り組む。2023年にIzu-Oshima Co-Working Lab WELAGOを開設。
自然共生サイトにも選ばれた環境の中で、伊豆大島ならではの事業にチャレンジ
WELAGOの概要について教えてください。
WELAGOは、株式会社フロンティアコンサルティングのサテライトオフィス兼誰でも利用できるコワーキング&ラボスペースとして、2023年5月に開設しました。施設名は「Work」と多島海域を表す「Archipelago」を合わせた造語で、世界的大都市・東京の中心部と原始的な自然が残る島嶼部を繋ぎ、多様な働き方をめざす「多“働”海域」を意味します。2025年9月には、環境省が認定する「自然共生サイト(生物多様性の保全が図られている区域)」にも選ばれました。
施設は大島町椿公園内に位置し、約30年前に第1回椿サミットの開催を記念してつくられた建物を改装して運営しています。建物内には約65平米の部屋が2つあり、一方は貸し切りも可能な集中しやすいスペースで、もう一方は空間共有システム「tonari」などを設置したコミュニケーションが生まれやすい空間。また、芝生の中庭があり、天気の良い日は屋外で仕事をしたり、利用者が集まってバーベキューをしたり。島内外の方が交流できる施設として、都市と地方が共生できる社会をめざしています。
利用者にどのようなサポートを提供していますか?
もともとはインキュベーション施設としての機能はなかったのですが、昨今は「大島で何か事業をやってみたい!」という人たちが訪れ、WELAGOで情報収集してからフィールドワークに出ていくというケースが増えてきました。そうしたニーズに合わせ、利用者と島内の企業や住民をマッチングし、実際に新しい事業が生まれています。 移住を検討している人たちが見学に来ることも多く、WELAGOが地域の入り口のような役割を果たしていますね。年に1回の周年イベントでは、地域の事業者と新しく事業を始めた人が集まってマルシェを開催。地域との連携を重視した支援を行っています。
稲田さんの役割について教えてください。
私は運営責任者として、WELAGOの運営方針を決めたり、他の企業様との連携企画を進めたりするのが主な役割です。現在は武蔵野美術大学との共同研究(生物多様性やネイチャーポジティブをテーマにしたデザイン研究)も担当。日常的な施設の運営は、当社のスタッフや島内の協力会社である株式会社TIAMさんに担っていただいています。
地元・大島に恩返しがしたい。地方にも働く場所を増やし、その土地ならではの事業開発を
稲田さんのこれまでのキャリアを教えてください。
私は伊豆大島出身で、高校卒業と同時に島を離れ、建築の専門学校に進学しました。卒業後は一級建築士事務所に就職して住宅系の設計に携わった後、オフィスデザインという領域に興味を持ち、2007年にフロンティアコンサルティングが設立された時から参画しています。
創業当初は社員も少なく、私も空間設計の最前線で仕事に取り組んでいましたが、現在はグループ全体で400名を超える規模になり、空間デザインの第一線からは退きました。今はデザイン部門内にR&Dチームを立ち上げ、企業のワークプレイス構築に関するリサーチや、サービスデザイン、大学との共同研究などに携わっています。
どのような経緯で伊豆大島にWELAGOをつくることになったのでしょうか?
コロナ禍を経て、テレワークの普及に伴い今後は働く人が都市部だけでなく地方に広がっていくと予想されたため、地方のワークプレイスの在り方を探りたいと考えました。であれば、当社がまず自社のサテライトオフィスをつくってモデルケースにしようと思い立ったのがきっかけです。
そしてやるからには、自分の地元である伊豆大島がやりやすいと思いましたし、大島には大きなポテンシャルがあるとも感じていました。私自身、地域に育ててもらったという感謝があり、何かで恩返しがしたいという想いもずっと抱いていました。テレワークが普及し、実際に地方に人や企業の活動が流れていくのを見た時、今がチャンスだと思い、会社と相談してWELAGOの設立を決めました。
INCU Tokyoに参加した理由を教えてください。
1つは、他のインキュベーション施設との交流を持ちたいと考えたこと。もう1つは、同じ東京都でも離島には特有の課題や自然環境があり、そうした課題を解決するスタートアップや、自然環境を活かした事業に取り組みたいと考える人がいるだろうと思ったからです。そんな方たちにWELAGOや伊豆大島を知ってもらい、事業開発に向けた支援や人材面のマッチングなどを提供できればと思っています。
保護者会から結婚式まで!「働く場所」だけにとどまらず、伊豆大島に欠かせない施設に
伊豆大島ではどんな分野で起業する方が多いのでしょうか?
移住して起業するケースでは、観光業や宿泊業、自然環境に関わる事業を立ち上げる方が多いように思います。とくに最近は、ゲストハウスを開く方が多いですね。また、農作物や生態系に悪影響を及ぼす外来種のキョンを駆除する事業など、島ならではの特色ある事業も生まれています。
起業した方たちからは、補助金活用に関する相談や、「こういうことをやっている人、島にいませんか?」という地域の人脈に関する相談が多く寄せられます。また、事業計画について「こういう事業をやってみたいけど、どう思いますか?」と客観的な意見を求められることもあります。
支援する上で、どのようなことを心がけていますか?
事業を立ち上げたばかりや大島に来たばかりの人たちは、相談相手がいなくて孤独を感じていることが多いと感じます。私は月に1週間ほど現地に滞在するのですが、その際に事業の課題や困っていることについて話を聞くこともあります。また、バーベキューや鍋パーティーのようなイベントを開いて、たくさんの人と交流して意見交換できるような場をつくることも大事だと考えています。
創業支援のやりがいやおもしろさをどんな時に感じますか?
私たちはワークプレイスを提供する会社でもあるので、「場の力」を感じられた時に大きなやりがいを感じます。WELAGOという場所があるからこそいろんな人が集まり、コラボレーションが生まれ、新たな事業が始まる――そんな場面を目にすると、この施設をつくって良かったなと実感しますね。
とくにWELAGOは、もともと行政の施設ということもあり、地元の人もたくさん利用してくれます。地域の婦人会やスポーツチームの保護者会で使われることもあれば、実はここで結婚式を挙げた方もいるのです。都市部のインキュベーション施設は「働く場所」としての機能が中心ですが、大島では働くだけでなく「地域の営み」や「生活の場所」にもなっているのがおもしろいですね。
創業支援メニューを充実させ、都市部の施設と連携することでより良いサポートを
今後どのような起業家やスタートアップに利用してほしいですか?
都市部だとなかなか実証実験フィールドがなくて困っている方や、地方をターゲットとした事業を考えている方には、ぜひ大島に来ていただきたいと思っています。また、前述したように環境省の「自然共生サイト」にも認定されているので、生態系に関するプロダクトなど、この土地ならではの事業にもチャレンジできると思います。
WELAGOのコワーキングスペースは無料で利用できるので、ワーケーション感覚で来ていただき、島内を見ながらどんな事業ができそうかを検討していただくのも良いと思います。
今後の展望を教えてください。
まずは、創業支援に関するメニューを増やしていけたらと思っています。現状は明確に打ち出しているわけではないので、しっかり可視化し、今後起業する方にわかりやすく、相談しやすい状態にしたいですね。
私たちは、WELAGOには4つの魅力があると考えています。1つめは、旅する非日常感を味わえること。2つめは、伊豆大島という独自の地域文化に触れられること。3つめは、地方らしからぬ最先端のテクノロジーを利用していることで、たとえば施設内には「tonari」という等身大スクリーンで外部とコミュニケーションが取れるシステムを導入しています。4つめは、自然を感じながらウェルビーイングな体験ができること。
東京の都市部から高速船で約2時間移動すると、あっという間に自然あふれる島に着き、非日常を味わって「理性と感性が揺さぶられる」体験をしてほしいですね。
INCU Tokyoに期待することはありますか?
起業家やスタートアップが、INCU Tokyoの複数の施設を使える仕組みがあればと思っています。たとえばWELAGOの利用者が都市部に行く時には、別のインキュベーション施設で仕事ができたり、逆に都心の施設の利用者が、大島にワーケーションに来てWELAGOを利用したり。
また、それぞれの施設に特徴があると思うので、得意とする支援に応じて利用者を紹介し合い、連携してサポートできるといいなと。そうすることでより多くの起業家が生まれ、東京にさまざまな事業を支えるワークプレイスが広がっていくと嬉しいですね。
記載内容は2025年10月時点のものです。