Interview
繊維問屋街から世界へ──ファッション特化型の創業支援施設が地域と生み出すシナジー
古くからの繊維問屋街、荒川区・日暮里にあるイデタチ東京。ファッション関連の起業家を支援する施設として、デザイナーやクリエイターはもちろん、異業種からの参入企業も歓迎しています。統括マネージャー兼コーディネータを務める児玉 あゆこ氏が、施設運営のやりがいや地域への想いを語ります。
プロフィール
メディア社でライター、編集、編集長を経験後、2019年株式会社ツクリエ入社。2020年イデタチ東京受託後は統括マネージャー兼コーディネータとして、区、メンター、支援機関と連携し、入居起業家の事業成長を支援。自社では創業支援の現場視点による支援者向けメディア「起業支援ラボ」を立上げ運営する。
合計14名の専門家や運営者が手厚く支援。外部メンターにはファッション業界の先輩も
イデタチ東京の概要を教えてください。
イデタチ東京は、日暮里繊維街から次世代のファッションビジネスをつくる起業支援拠点として、2021年2月にオープンしました。日暮里は約90店舗が軒を連ねる全国有数の繊維問屋街で、その立地を活かし、ファッション関連事業に特化したインキュベーション施設であることが最大の特徴です。私が所属する株式会社ツクリエが荒川区から運営を受託していて、入居者はオフィスを24時間365日利用可能。最大3年まで入居でき、卒業後も荒川区内にオフィスを構えた場合は3年間月5万円の家賃補助が受けられる(※諸条件あり)など、区の補助も充実しています。
施設のコンセプトは「野望を着こなせ」。「イデタチ」という名前には「装い・身なり」「旅立ち・出発」「立身出世」という3つの意味を込めていて、旗をモチーフにしたロゴは、繊維街の「布」のイメージと「起業家を応援する」「ひと旗揚げる」を想起させるデザインにしました。
入居者はどのようなサポートを受けられるのでしょうか?
運営体制は、起業・経営に伴走するインキュベーションマネージャー(IM)が2名、弁護士や税理士など外部のメンターが9名、IMとメンター、入居者の交流を支援する私のようなコーディネータが3名。入居者とIMは必ず月2回の面談を行い、希望すれば外部メンターとのメンタリングも月2回まで受けられます。
現在8つの事業者が入居していますが、1事業者に対して計14名以上の支援者が関わり、事業進捗を定点観測してアドバイスするというのは、かなり手厚いサポートだと思います。メンターにはデザイナーやブランドオーナーなどファッション業界の先輩も多く、今年からビームスの方にも参加いただいています。入居者からは、「ここに入っていなかったら事業進捗はもっと遅かったと思う」「面談やメンタリングでフィードバックや自分にないアイデアをもらえる」など、嬉しい声が上がっていますね。
「記事の編集」から「場の編集」に。人と深くつながるコミュニティ運営のおもしろさ
児玉さんのこれまでのキャリアについて教えてください。
前職は媒体社で、地域媒体や働く女性向け冊子の編集・ライティングに携わっていました。新しいもの・コトを編集して伝えるのが好きで、ライフワークとして一生続けていくつもりでしたが、紙媒体業界のシュリンク状況、編集のアウトプットを記事から実践的な場に変えてみたく転職を決意。そんな時、ツクリエがコミュニティマネージャー職を募集しているのを見つけました。
当時携わっていたメディアでも1万人規模の読者コミュニティを運営していたので、その経験を活かせそうだったこと、また、将来的にも起業や起業支援の需要はなくならないだろうと考え、この仕事に就くことに。「記事の編集」から「場の編集」に役割が変わりましたが、人とより深くつながるおもしろさを感じています。
統括マネージャーになった経緯を教えてください。
ツクリエ入社後は、コミュニティマネージャーとして他の施設の運営やイベント企画に携わってきました。イデタチ東京にはプロポーザルの段階から関わり、チームを率いて荒川区への提案書を企画・立案し作成。それが採用された流れで、統括マネージャーを務めることになりました。
私はもともと荒川区にはまったくゆかりがなく、ファッションは好きですがこれまで仕事として関わったことはありませんでした。でも、だからこそ「外の人間から見た荒川区の魅力」がわかりますし、ファッション業界未経験から参画しようと考える方の気持ちもわかります。その視点を活かし、区内や都内以外からの入居者や、異業種×ファッション領域で起業したい方など、幅広く支援したいと考えています。
クリエイターが苦手な領域を支え、「入って良かった」と思ってもらえる施設に
起業家を支援する上で心がけていることはありますか?
インキュベーション施設を利用する方たちは、皆さん何かしらの支援を必要としているはずなので、それがなんなのかを日頃の会話や面談の様子から理解したいと思っています。最初は本音がなかなか出てこないのですが、「顕在化していないだけで何か困っていることがあるのでは」という仮説を持ち、課題を開示してもらえるように心がけています。
とくにクリエイターたちは、一般的に経理や経営など数字系の作業が苦手という方が多いです。その場合は、経理や経営のどこに苦手意識があるかをIMと一緒に掘り当てながら、経理が得意な人材や相談できる専門家とつないだり、同じような事業フェーズの他社事例を紹介したり。「イデタチ東京に入って良かった」と思ってもらえたらうれしいですね。
これまでの支援の中で、印象的なエピソードを教えてください。
過去に、大学院を卒業して一般企業に勤めたことがない状態で起業した入居者がいました。クリエーションには長けた方でしたが、就職経験がないので、アポイントを取る時間やメール返信の作法など、ビジネスの基本からアドバイスすることもありました。今では立派な経営者になっています。
また、経営においては、売上は上がっているものの利益率が低いという課題を持ち、ファッションデザイナーと経営を1人でやりきることに限界を感じる入居者もいました。「もしイデタチに入らず1人で抱えていたら、事業もメンタルも潰れていたのでは」と心配したほどでした。
イデタチでは、1事業者に対しIM、メンター、コーディネータを含む計14名以上が最大3年間事業成長を見守っています。「自分の事業を3年間定点観測しながら気にかけてくれている」という機会を最大限活かしてほしいですね。
創業支援に携わるやりがいをどんな時に感じますか?
創業支援施設を頼らずともビジネス基盤とネットワークを自ら築き、事業成長していける起業家はもちろん素晴らしいのですが、クリエイターとしての才能と力量はありながら、経営は苦手、わからないという方が段々と克服し、卒業時には独り立ちできる姿を目の当たりにした時や、入居事業者同士で共創・協業が生まれた時はやりがいを感じます。また、このコミュニティがあるからこそ、1人では成し得ないことができたと思ってもらえたかなと感じた時でしょうか。自身がやりたいことを生業にしていこうとする気概を、気概のままで終わらせないための、ビジネス基盤を提供できるよう意識しています。
デザイナーやスタートアップの支援を通じて、荒川区をより魅力的な地域に
今後どんな起業家に入居してほしいですか?
入居者の割合は、ファッションデザイナーのようにゼロイチでものをつくり出す方と、異業種からファッション事業に挑戦する方が半々ぐらいだと、施設内での交流から新たな気づきがあり、シナジーも起きやすく理想的だなと考えています。繊維問屋街・日暮里発の世界的デザイナーをめざす方、スタートアップ企業のほか、荒川区でおもしろい事業を立ち上げたいという方もぜひ支援したいと思っています。やりたいことが確固としてありながら、ビジネス基盤を思うように築けず支援を必要としている方に入居してもらいたいですね。
児玉さんが実現したい夢や今後の展望を教えてください。
まずは、「ファッションの創業支援と言えばイデタチ東京」と、全国的に想起されるような施設にしたいですね。これまでも都内だけでなく、京都やタイ出身の方など国内外から入居者が集まっているのですが、さらに知名度を上げて、ここから世界に羽ばたく事業が生まれたらなと。また、イデタチ東京があることによって「荒川区っておもしろい」「いろんな可能性がありそうだ」と感じてもらえるような、地域としての魅力度を上げていきたいと思っています。
今後INCU Tokyoとどのように連携していきたいですか?
INCU Tokyoのネットワークの中でも、ファッションに特化したイデタチ東京という施設があることを知っていただき、ファッション関連で起業したいと考えている方がいたら紹介してもらえるとうれしいです。参加施設同士の横のつながりや、お互いの施設視察や見学をすることでいろいろな知見を得られるので、そういった連携にも期待しています。
記載内容は2025年9月時点のものです。