Interview
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テック人材を育て、新たな価値創出を。原宿から始まる「現代版・松下村塾」の挑戦
トレンドの発信地・原宿の中心に位置するエイトスペース原宿。クリエーターに人気のイベントスペースに留まらず、テック人材を育て、起業を支援するインキュベーション施設という側面も併せ持っています。インキュベーションマネージャーを務める中尾 茉奈氏が、支援の特徴や施設運営に携わる想いを語ります。
プロフィール
1991年東京都生まれ。東京学芸大学大学院修了後、教育事業会社を経て2020年より滋慶学園にて教務職に従事。2025年にME atelier.を開業し独立。現在は株式会社エイトの代表秘書を務める傍ら、同社の教育事業やPRを幅広く担当。教育現場の経験を活かし、事業推進に尽力している。
発信力の高いイベントスペースに留まらず、新たな創業支援プログラムを提供開始
エイトスペース原宿の概要を教えてください。
明治神宮前駅から徒歩5分、商業施設・ハラカドのすぐ裏という便利な立地にあるインキュベーション施設です。施設内には、ワークスペースのほかにキッチン併設のカフェやスタジオスペースがあり、原宿という場所柄、クリエーターがポップアップイベントや撮影に利用してくださることが多いですね。通りに面しているため、街を歩く人からの注目度も高く、過去にはアイドルグループとのコラボカフェを開催したこともあります。
一方で、運営元である株式会社エイトは、SES事業やエンジニアを中心とした人材事業を展開しているため、2026年3月からは、エンジニアの専門知識も含めた起業支援・教育プログラムをスタートする予定です。プログラムでは、まず起業家マインドやリーダーシップ、MBA取得につながる経営学を学び、その後エンジニアとして必要なスキルを身につけます。最終的には、事業内容や事業計画をしっかりとつくり込み、ピッチイベントでのプレゼンテーションをめざすカリキュラムになっています。
プログラムのメインは、起業や経営のノウハウやマインドを学ぶことであり、受講対象はエンジニア志望の方に限りません。エンジニアの基本的な知識、とくにAIやDXについては、どんな事業を始める上でも役立つものなので、プログラムを通じて時代に求められる起業家を育てたいと考えています。
インキュベーションマネージャー(IM)として、どんな役割を担っていますか?
施設利用者のサポートに加えて、現在は教育プログラムの提供開始をめざして、カリキュラムの設計や考案、構築を担当しています。どんな内容のカリキュラムにして、どんな方に講師をお願いするかというコーディネートも含めて考え、実際に大学の先生などにお声がけしています。プログラム全体の流れは確定したので、あとは1コマの授業をいかに楽しく、飽きずに受講してもらえるか、ブラッシュアップしている状況です。
現在施設を利用している方にも新しく始まるプログラムを知ってもらい、「参加してみようかな」と興味を持ってくださる方には、一歩踏み出せるようにコミュニケーションを取っています。
エイトスペース原宿を現代版・松下村塾に。代表の想いに共感し、創業支援の道へ
中尾さんのこれまでのキャリアについて教えてください。
学生時代は、幼児教育や表現教育について学びました。表現教育とは、ダンスや演劇など身体を使った表現活動により、子どもの感受性やコミュニケーション能力を育む教育のこと。両親が競技ダンスをしていた影響から、私自身は幼い頃から人前で踊ったり表現したりすることに慣れ親しんでいましたが、小学生、中学生と成長するにつれて「みんなの前で踊るって恥ずかしいよね」という、周囲からの同調圧力のようなものを感じるようになりました。
カナダに留学したことがきっかけで、この同調圧力や「恥ずかしい」という感情は日本の表現教育のあり方から生み出されているのでは?という疑問が湧き、表現教育についてもっと深く学びたいと思い、大学院まで進んで修士号を取得しました。
修了後は、保育士や幼稚園・小学校教諭の養成学校に就職し、学生たちへの指導や就職のサポートを担当。その後、夫の仕事の関係で福岡に移り、別の専門学校でウェディングやホテル、エアライン業界をめざす学生たちの担任を務めました。
専門学校では、学生たちが企業の課題を調査して、それを解決する新たな商品を企画し、優れた提案であれば実際に商品化するというプロジェクトがありました。この経験を通して、良いアイデアがあっても、それをどう形にすればいいかわからないという悩みを、学生も企業もどちらも抱えているのだと知りました。この時感じた「アイデアを形にする過程を後押しできれば、世の中にはもっと良い商品が出てくるのに」というもどかしい気持ちが、今の起業家支援の仕事につながっているのかもしれません。
その後、福岡から横浜に戻り、個人事業主として活動していた時に、エイトの代表・森田 晋也に出会いました。森田は「才能が育ってつながり、共創が生まれる社会」「志を持つ人同士がつながり、イノベーションが連鎖する社会」をつくりたいと語っていて、その想いに私も心から共感。社長秘書として入社し、エイトスペース原宿の運営にも携わることになりました。
エイトスペース原宿が、インキュベーション施設として本格的に創業支援に取り組むことになった背景を教えてください。
森田は、原宿という街に「現代版・松下村塾」をつくりたいという構想を持っています。かつて松下村塾では、生徒たちが吉田松陰との出会いを通じて学び、実践し、一人ひとりの可能性が広がったことで社会に変革を生み出しました。そんな「人づくりの場」の精神を、現代に再解釈・再構築してエコシステムをつくりたいと考えているのです。
現代社会は、挑戦したくても失敗を恐れて踏み出せない人がとても多いと感じます。でも、人は誰でも何かを変える力を持っていて、一人ではできなくても誰かとつながればできることがたくさんあるはず。そこで私たちがやるべきことは、エイトスペース原宿という場を提供するだけでなく、多様な人が集まって切磋琢磨できる「場づくり」や「やってみよう」と思うきっかけの提供だと考えました。挑戦が生まれる場をつくり、共創できる環境を生み出すことが、社会を前に進める力になると信じています。
「誰一人取りこぼすことなく、みんなをサポートしたい」という想いで入居者に貢献
これまでの支援の中で、印象的なエピソードを教えてください。
1つは、若いクリエーターと共にポップアップイベントを成功させたことです。原宿らしいカワイイ小物などをつくっている方で、イベントの開催場所や集客方法で困っていたため、私たちがコンサルタントのような形で支援させていただきました。Instagramで毎日カウントダウンしたり、イベント当日にインフルエンサーに来てもらったり、という集客やPRのアイデアを提案したところ、ご本人が着実に実践してくれて。その結果、目標売上の倍近い成果を上げることができました。
もう1つは、熊本県湯前町の企業誘致イベントです。町の魅力や地域資源を東京の企業の方たちに知ってもらい、ビジネスのきっかけをつくる目的で、パネルディスカッションなどを含めた交流会を開催。湯前町の食材を使った料理や地酒を囲みながら歓談する中で、新しい事業の話もいくつか生まれました。地方創生に興味はあっても、どう進めればいいかわからないという企業は多いので、きっかけづくりの場としてハブの役割を果たせたと思います。
イベントを成功させるために心がけていたことは何ですか?
湯前町のイベントは立食形式だったため、誰とも話ができずポツンと立っている参加者がいないか常に気にかけていました。そういう方には私から話しかけたり、他の参加者とつないだりして、帰る時に「楽しかったな」「参加して良かった」と思ってもらえるように心がけました。教員時代からずっと「誰一人取りこぼすことなく、みんなをサポートしたい」という思いで仕事に取り組んでいます。
創業支援のやりがいやおもしろさをどんな時に感じますか?
自分たちの頭の中で考えていた理想が、徐々に形になっていく過程におもしろさを感じます。今取り組んでいる教育プログラムの構想も、最初は理想論から始まり、本当につくることができるのか不安でした。でも、進めるうちにやれること/やれないことの判断がつくようになり、「この人を巻き込めるかも」などのアイデアが浮かび、少しずつ形ができてきました。イベントの企画も然りで、ゼロからイチにする産みの苦しみはありますが、それが形になると大きなやりがいを感じますね。
人材を育て、つなぎ、新たな事業や価値を創出するエコシステムの構築をめざす
今後、どんな起業家に施設を利用してほしいですか?
私たちは「共創」というキーワードを大事にしているので、これに共感し、共創することを厭わない人に来ていただきたいですね。仕事は一人でできるものではなく、さまざまな人と関わることで良い方向に進むと考えています。とくにエンジニアは、一人で作業することも多いと思いますが、これからの時代はコミュニケーション力が求められます。人と関わることで成長し、一緒に新しい価値を生み出したい、と考える人を応援していきたいですね。
創業支援を通じて、どんな社会や未来を築きたいと考えていますか?
人がスキルを身につけ、実務に活かして収益を上げ、そうした人たちがつながってさらに新しい人材や事業を創出する──そんな教育を起点としたエコシステムを構築したいと考えています。
とくに注力したいのは、地域課題を解決できるテック人材を育成すること。この仕事を始めてから、地方自治体の方とお話しする機会が増えたのですが、地方には第一次産業以外の就職先が少なく、若者が都市部に流出してしまうという課題を抱えています。私が福岡の専門学校で働いていた時も、「本当は地元に残りたいけど、働きたいと思う企業がないから都会に行く」という学生が少なからずいました。
エンジニアのスキルや経営の知識を身につければ、起業家として地方でも活躍できますし、人口減少が進む地域こそ今後DXやAI活用が必要です。正しい知識を持ち、地域の人たちを巻き込んで課題解決を推進できるテック人材を育て、日本だけでなく世界中で活躍できるようにしたいですね。
また、私たちは、子育て中の方々が働きやすい社会の実現をめざしています。「働きたいのに、環境のせいで諦めざるを得ない」という状況をなくしたいという森田の想いに、私自身も深く共感しています。私も現役の母親として葛藤する毎日の中にいますが、自らがロールモデルとなることで、同じ悩みを持つ方たちに道を示していければと考えています。
INCU Tokyoと今後どのように連携していきたいですか?
INCU Tokyoに参加している他の施設とは、競合としてではなく、同じ創業支援に携わる仲間として、横のつながりを強化したいと考えています。私たち運営者だけでなく、入居者同士もつながって、「あの施設にはこんなサービスがあって便利ですよ」など、お互いに情報交換し合える関係が築けるといいですね。
記載内容は2026年2月時点のものです。