Interview

外で正面を向いている青木氏
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施設と地域、さらに外部へ――港区麻布十番から生まれるつながりの未来

BIRTH LAB / WORK

2019年に港区麻布十番に誕生した「BIRTH LAB / WORK」。施設内でさまざまな協業が生まれる多様な入居者層を特徴とし、地域コミュニティなど外部との連携を重視した地域に開かれた施設です。被災地支援をきっかけにコミュニティ形成の重要性を実感したコミュニティディレクターの青木 雄太氏が、施設の特長や支援の醍醐味を語ります。

プロフィール

(株)funky jump代表取締役 / BIRTH LABコミュニティディレクター / 一般社団法人日本コワーキングスペース&コミュニティマネージャー協会(JCCO)代表理事。欧州の手法を取り入れたワークスペースのコミュニティ創出・運用・収益化に強みを持つ。日本初のコワーキングスペースにおける単著「コワーキングスペース」の著者。

スタートアップのほか、シリアルアントレプレナーもいる施設

インキュベーション施設の外観

「BIRTH LAB / WORK」の概要について教えてください。

2019年4月に港区麻布十番に開業したコワーキングスペースです。入居者の多くは近隣にお住まいの方々で、人材サービスのスタートアップやAI系ベンチャー、VC(ベンチャーキャピタル)から資金調達を受けた株式投資SNSを運営する企業をはじめとしたさまざまな入居企業がいらっしゃいます。全体としてはITサービスを提供する事業者が多いです。新しい事業を何度も立ち上げるシリアルアントレプレナーの方も入居しています。

施設のハード面の特徴としては、各フロアで異なる性格を持たせていることです。半地下から2階までが「LAB」と呼ばれる部分で、3階から9階が「WORK」と呼ばれるスペースです。LABはセミナーやイベント、近隣のテレビ局による番組撮影に利用されるなどスペースの貸出。WORKはフリーデスク、個室、フロア貸しなど入居者の働き方に合わせて柔軟な利用形態を提供しています。

支援における強みや特徴はありますか?

日々のコミュニケーションを重視した支援と、企業や人材の「つなぎ」が強みです。私が過去にアクセラレーターとしてスタートアップの支援をしてきた時の人脈を活かして、入居者のビジネスを支援するプレイヤーをつなぐことがあります。また、私が麻布十番商店街の青年会のメンバーとして活動する中で、地域からのお困りごとを相談いただく機会もあります。そういった際にも入居者を紹介することもあります。

特徴としては、スタートアップだけでなくデザイナーや士業などの伝統的なビジネスの方も入居されていることが挙げられます。潜在ニーズを捉えるスタートアップ同士だけでは仕事の受発注関係が生まれにくい傾向がある中、顕在ニーズに対応するビジネスをやられている方が加わることで、入居者同士の活発な協業が生まれています。

どのような経緯で当施設が立ち上がったのですか?

この施設が誕生したきっかけは、東日本大震災が起こった頃までさかのぼります。当施設を所有・運営する髙木ビルは都内に10棟ほどビルを所有していました。地震をきっかけに空室が生まれた近隣の大型ビルに、入居者が引き抜かれる事態が発生しました。けれど、当時は入居者と契約時以外にコミュニケーションを取っていなかったため、入居者に留まってもらうお願いをする以外に引き留める術がないことに気づきました。

この経験から、不動産をただの”箱”、ハードとして貸すだけの不動産事業では不十分だという認識に至り、不動産のもつ空間にさまざまな要素を掛け合わせることで、ソフト面の価値をつくる取り組みを始めました。その一環として、新たなつながりや可能性が生まれ、不動産や地域全体の価値を高めるコミュニティをつくるべく、コミュニティ・コワーキングスペース「BIRTH LAB / WORK」を立ち上げました。

そのコミュニティでの出会いとつながりを通じて、たとえばマンションの共用部を活用して飲食店を運営したり、銀座のビルの最上階を活用してサウナを運営したりもしています。コワーキングを利用するスタートアップの方の支援に加えて、当社としてもコミュニティ・コワーキングスペースを運営しているからこそ、そこでの出会いを通じてさまざまな事業が誕生しています。

「持続可能なコミュニティ」づくりへ。被災地ボランティア活動から始まった支援の原点

地域のお祭りに参加する青木氏

BIRTH LAB / WORKにおける青木さんの現在の業務について教えてください。

私はコミュニティディレクターとして、全体の戦略を設計しています。また、施設の運営業務に関するアドバイスやコミュニティマネージャーの育成管理など施設内向けの業務のほか、施設の価値を高める目的で対外向けの業務にも力を入れています。

まずは、自治体との連携プロジェクトです。現在5つの自治体と包括連携協定を結んでおり、たとえば秋田県鹿角市では人口流出が課題となっている中、東京在住の若者のコミュニティづくりを支援しています。鹿角市出身の若者たちが主体となって麻布十番でイベントを企画し、スポンサー集めから実施までを私たちが伴走支援しています。

次に、麻布十番エリアの地域コミュニティとの連携です。商店街組合の青年会メンバーとして活動し、町内会の活動にも参加しています。街のイベントをサポートする中で、私たちの施設も地域の方々に活用していただき、近隣の方々が気軽に立ち寄れる場所となっています。

そして、外部からのプロジェクト受け入れも行っています。たとえば、フィンランドのオウル市で開催される国際ビジネスピッチイベント「Polar Bear Pitching 」の東京での公式サテライトイベント開催を手がけています。私がこのイベントに初めて出場した日本人だったことから、現地事務局からのお声がけをいただき、東京での開催が実現しました。

このイベントに協賛いただいている企業の一部には入居者の方々がいらっしゃいます。双方向での支援が発生することは、この施設のポイントでもありますね。

青木さんのコミュニティディレクターとしてのキャリアについてお聞かせください。

私がコミュニティ形成に興味を持ったきっかけは、大学1年生の時の東日本大震災での経験です。仙台の大学に通っていた私は、被災地でのボランティア活動を通じてコミュニティ形成の重要性を学び、活動の継続性を生むビジネスとコミュニティの経済合理性の交点を見つける必要性を実感しました。

その後、事業創造パートナー企業に参画し、起業家支援活動を続ける中でコワーキングスペースを見つけ、コミュニティマネージャーという存在に出会いました。それがきっかけとなり、会社を設立してコワーキングスペースの運営コンサルティングやコワーキングスペース向け顧客管理システムの開発・販売を行ったり、国内外300拠点以上のワークスペースを見て回ったりしました。さらに一般社団法人日本コワーキングスペース&コミュニティマネージャー協会を設立し、今に至ります。

支援をする上で何に重きを置いていますか?

最も重視しているのは、最初の相談相手になることです。2023年度は60~80件の相談があり、約6割が解決に至っています。VCへの紹介や投資といった分かりやすい成果だけでなく、適切なマッチングによる事業進展や、不要な意思決定を防ぐアドバイスなどさまざまな形で支援を実現しています。

ビジネス成長を近くで見られることがやりがい。卒業生ともお互い有意義につながる

ワークショップの様子

支援をしてきた中で印象に残っている出来事はありますか?

最も印象に残っているのは、入居者のプロトタイプ検証の支援です。新しいビジネスやプロダクトを開発した際、施設のスタッフや本社の人員など20名以上が協力して、最初のユーザーとしてフィードバックを提供しています。日頃から信頼関係を築いているからこそ忌憚ない意見を伝えることができ、それが入居者へのお役立ちにつながっています。

一方で、支援には限界があることも実感しています。たとえば、入居しているシリアルアントレプレナーの方から、月給100万円で優秀なエンジニアを探したいという相談を受けたことがあります。けれどそのような案件はわれわれの支援可能な範囲を超えていると判断し、すぐにその旨を伝えました。このように、入居者との期待値調整を丁寧に行いながら、お互いのできることを明確にしてコミュニケーションを取ることを心がけています。

創業支援のやりがいについて教えてください。

やりがいを感じる瞬間は、入居者のビジネスの成長を目の当たりにできることです。とくに嬉しいのは、卒業した入居者が遊びに来てくれたり、引っ越しで退去した後も住所登記だけ継続したり、回数券を使って月1回来訪してくれるなど、関係性を継続しようとしてくれることです。

卒業した入居者とのコミュニケーションで大切にしているのが、節目となるイベントや、その卒業生が興味を持ちそうな企画がある時に個別に声をかけるという方法です。一人ひとりの顔を思い浮かべながら、「この方には、このコンテンツが響くのではないか」という視点で丁寧なコミュニケーションを心がけています。

事業拡大を全力で支援。INCU Tokyoで新しいエコシステムの未来を描く

インキュベーション施設の様子

今後、どのような起業家や企業に施設を利用してほしいですか?

とくに重視しているのは「事業を伸ばしていこう」という意志を持った方々です。それがスタートアップ的な企業なのか、少しずつ事業を大きくしていく方なのかは問いません。

何か一緒にやりたいと言っていただいたら、ノーと言わずに全力で支援したいとわれわれは考えています。たとえば、無料でスペースを使用したいというご要望があった場合でも、告知協力と引き換えにご利用いただくなど、対応案を提示しながら実現できる方法を探ります。「初めての試みだけど手伝ってほしい」「協力が欲しい」といったご相談は、いつでもウェルカムです。

また、最近では台湾のスタートアップ関係者が来訪される、先に述べたフィンランドのPolar Bear Pitchingなど外部コミュニティとのつながりも広がってきています。このような外部との関係性を活かし、新しい価値を生み出していければと考えています。

「INCU Tokyo」に参画されていますが、どのように活用していきたいですか?

INCU Tokyoのコミュニティに対しては、私からの貢献と期待の両面があります。世界中のインキュベーション施設を巡ってきた経験から、施設マネージャーが抱える悩みへの相談対応や、収益を上げながら入居者のビジネス支援を行うノウハウについてお役に立てる部分があると考えています。

一方で、当施設ではスタートアップへのアクセスが比較的弱い部分があるため、INCU Tokyoのコミュニティを通じてスタートアップとの接点を増やしていきたいと考えています。実際に、東京でのPolar Bear Pitchingへの出場者募集において、INCU Tokyoのコミュニティに声がけさせていただきました。

日本のスタートアップ支援には、まだ改善の余地があると感じています。また、スタートアップをローカルな経済エコシステムに組み込んでいく必要性もあると思っています。このような課題に対して、INCU Tokyoのコミュニティが活性化し、より良い解決策を見出していけることを期待しています。

記載内容は2024年12月時点のものです。

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