Interview
インキュベーターが提供すべき真の価値とは──新たなエコシステムへの挑戦
「起業家支援は今、次のフェーズに入っている」と話す津田 将志氏。バイオテック企業が入居するBeyond BioLAB TOKYOでインキュベーションマネージャーを務めています。アメリカでの経験を機に、人や資金が循環するスタートアップのエコシステム構築をめざす津田氏の想いに迫ります。
プロフィール
京都大学大学院工学研究科高分子化学専攻修了。2015年NKメディコ入社。血管内皮障害を早期検出する血液検査の営業、大学等との共同研究PJを推進。2019年に現職。研究成果の事業化を支援する「BRAVE」やバイオスタートアップ向けシェア型ウェットラボ「Beyond BioLAB TOKYO」等を統括。
日本橋をバイオテック・スタートアップの集積地に
Beyond BioLAB TOKYOの特徴を教えてください。
Beyond BioLAB TOKYOは、VC(ベンチャーキャピタル)のBeyond Next Venturesが運営する、東京都・日本橋駅近くにあるシェア型ウェットラボです。ラボベンチ1席から利用でき、バイオテック分野の研究に必要となる高額な機器も揃っているため、バイオ領域で起業する際の初期コストを抑えることができます。
バイオテックのスタートアップにおいてとくに負担の大きいものは2つです。1つは、非常に高額な実験機器。使用頻度は低いものの必要不可欠な機器に多額の予算を投じることは、スタートアップにとって大きな負担となります。もう1つは、機器の管理やメンテナンスを担当する専門スキルを持った人材(ラボマネージャ―)の雇用です。特に初期段階では機器のメンテナンスのために専門人材を雇うことが難しく、研究開発のコアメンバーが時間を捻出してメンテナンスを行っているケースも珍しくありません。
そのため、Beyond BioLAB TOKYOで、機器のメンテナンスや管理を担当するラボマネージャーの常駐サポートに加えて、起業支援や事業の相談など、バイオ分野に精通するインキュベーションマネージャーも配置しており、人材面でもスタートアップの負担を軽減するためのサポートを提供しています。
日本橋にインキュベーション施設を開設したのは、どういった理由からですか?
Beyond Next Venturesはディープテック(※)に特化したVCで、ディープテックのスタートアップが成長しやすいエコシステムの構築をめざしています。その一環として、バイオテック領域のスタートアップやVC、製薬企業が集まる日本橋に拠点を設けることでシナジーを生み出したいと考え、2019年にBeyond BioLAB TOKYOを開設しました。
日本のディープテック領域でスタートアップが成功していくために必要なものは何かと考えた時、スタートアップが生まれ、成長し、人や資金やノウハウが循環してまた新たなスタートアップが生まれるというサイクルを作ることが重要だと考えています。
アメリカの西海岸やボストンエリアでの事例を参考に、日本橋をバイオテック・スタートアップの集積地にすることでイノベーションを生み出す土壌を整えていきたいと考えています。
自然科学分野での研究を通じて得られた科学的な発見に基づく技術で、社会課題を解決して社会に大きなインパクトを与える革新的な技術
めざすべきは日本版スタートアップエコシステム
津田さんがスタートアップの支援に携わるようになったきっかけを教えてください。
学生時代に研究開発型のスタートアップが成長していく難しさを痛感したことがきっかけです。私が所属していた研究室の先生は、複数のスタートアップを立ち上げ、数億円規模の予算を扱っていました。しかし、それでも商品化やサービス化への道はとても険しいものだったのです。
そんな中、アメリカでスタートアップエコシステムを視察する機会を得ました。アメリカでは、スタートアップを成功させた経験のある人が再び起業したり、ほかのスタートアップやファンドに投資をしたりすることで、ポジティブなサイクルが生まれていたのです。経験者が次の世代を支援するというこのエコシステムが非常に印象的でした。
とはいえ、そのモデルをそのまま日本に持ち込むことは難しいと感じました。日本の文化やビジネスの背景に合った形で、良いエッセンスを取り入れながら、エコシステムを作ることが必要であると強く実感しました。
卒業後は、どのような仕事からキャリアをスタートしましたか?
卒業後に入社したのは、先端医療技術の研究開発を手がけるスタートアップです。そこでは、さまざまな研究機関やスタートアップからシーズを仕入れて、投資ファンドや外資系コンサルティングファーム出身の経験豊富な経営者がビジネスを組み立てていました。この事業や経営スタイルが私の理想に近いと感じたことが入社の決め手です。
入社後は、営業活動をしたり共同研究をしたりと、ビジネスのゼロイチの部分に深く関わる経験をしたことで、スタートアップのリアルな現場や課題の本質を肌で感じることができました。
その後、Beyond BioLAB TOKYOのインキュベーションマネージャーになったのは、どのような経緯ですか?
創業期のスタートアップの実体験を積むことができたので、次はスタートアップの立ち上げを後押しする側になろうと考え、2019年にBeyond Next Venturesに入社しました。入社後は、大学などの研究機関で培われた研究成果の事業化推進プログラム「BRAVE」の運営などを通じて、インキュベーション施設と一体化した取り組みを加速させ、研究成果をより実践的な形で社会に還元できる仕組みを作りたいと強く思うようになり、2022年からインキュベーションマネージャーに就任しました。
「過度なサポートはしない」―自立を促すスタートアップ支援の在り方
起業家やスタートアップのメンバーと接する際に心がけていることを教えてください。
支援後の成長を見据えて、過度な支援を行わないように意識しています。支援の最終的な目的は、支援が必要ない状態をめざすことだと考えています。自立して成長できる企業になるための土台作りをすることが、私たちの役割だと思っています。
その上で、経営層の方々とは、高い目標を共有できるよう、対話を心がけています。というのも、どうしても目の前の経営課題、仕事に追われてしまい、足元のことに意識が集中してしまうことがあります。
そのため、事業のあるべき方向性を言語化し、それぞれのフェーズで起こりがちな課題や対応策を整理したり、研究者が苦手としがちな営業や資金調達のポイントなどはピンポイントでノウハウをお伝えしながら、互いに高い目標を共有できるようにしています。
一方で、ラボマネージャ―が利用者の方々とのコミュニケーションで一番大切にしているのは、利用者の要望やフィードバックを真摯に受け止めて改善していくことです。時には厳しいお声をいただくこともありますが、その背景を分析することで、ビジネスを立体的に考えることができます。
時には社外の専門家、利用者を巻き込んだ勉強会などを開催することもあります。私も一緒に新たな知識をインプットすることで、還元できることが増えています。
これまで関わってきたスタートアップの中で、とくに印象深い企業はありますか?
少し前に卒業された、再生医療技術の研究開発を行う株式会社セルージョンです。大学の研究室から生まれた企業で、創業して間もないタイミングでBeyond BioLAB TOKYOに入居されました。当時はごくわずかな人数でしたが、次々と新しい技術を開発して成長していき、施設内のスペースもどんどん拡張していったのです。
当施設はスペースの拡張が容易にできることも特徴なので、初期投資やオフィス拡張のコストを抑えることで、彼らの研究開発のブレーキを外すことができたのではないかと思っています。
起業家支援は次のフェーズへ──インキュベーターの貢献度を見極め、新たな挑戦を
どのような考えを持った起業家・スタートアップに入居してほしいと考えていますか?
チャレンジングな企業に利用していただきたいですね。大前提として、必ずしも全てのスタートアップがVCからの調達をめざしたり、大きな成長曲線を描く必要性はないと思っています。外部評価を得るのに時間を要しても、価値ある研究を行っている企業はあります。ですから、「自分たちの技術で社会を良くしていきたい」「これで成功したい」という野心を持つ方々に、ぜひ使っていただきたいと思います。
Beyond BioLAB TOKYOで実現したいことを教えてください。
私たちがめざしているのは、スタートアップが成長し、人や資金やノウハウが循環して新たなスタートアップが生まれる、いわゆる「王道ど真ん中」のエコシステムを作ることです。そのためには、資金や場所といった足りない部分を補うことに留まらず、スタートアップのポテンシャルを引き出し、それが最大限に花開くまでのプロセスを後押しする仕掛けをどんどん作っていきたいですね。
INCU Tokyoに期待すること、コミュニティメンバーと実現したいことは何ですか?
いま、起業家支援は次のフェーズがスタートしていると考えています。インキュベーション施設の役割はこの30年間で大きく変化しました。以前は資金力の乏しいスタートアップであっても活動ができるよう安価にオフィスを提供することで支援する着想から始まり、その後はコワーキングスペースや交流イベントなどを活用したネットワーキングで成長の後押しをするのがここ5~10年ほどのトレンドでした。次は、スタートアップが成長するために日本に足りないものは何か、私たち支援側の取り組みが問われる時期が来ていると思うのです。
そのためには、これまでの取り組みを検証した上で新しいことに挑戦すること、そして、インキュベーターの縦横のつながりを駆使して業界全体でさまざまなチャレンジをしていく必要があります。
具体的には、成功事例に目を向けるだけではなく、そこにインキュベーターがどのくらい貢献したのかを正しく見極め、自分たちがコアに提供すべき価値や再現性のある取り組みは何かを明確にすること。インキュベーター側も、自分たちのビジネスを成立させるために何が必要なのかを考えること。INCU Tokyoのようなコミュニティがあることで、そういった議論が可能になるのではないかと思います。
記載内容は2024年9月時点のものです。