Interview

正面を向いている賀門氏
07

日本企業再生への道──農工大・多摩小金井ベンチャーポートで描く未来

農工大・多摩小金井ベンチャーポート

2008年に設立された農工大・多摩小金井ベンチャーポート。賀門 宏一氏はチーフインキュベーションマネージャーとして施設の運営に携わっています。大手精密機器メーカーでエンジニアとして経験を積み、外資系企業で転機を迎えたという賀門氏。どのような想いのもと、企業の成長を後押ししているのでしょうか。

プロフィール

大手精密機メーカー、海外EMS企業などでモノづくり、製品開発、マーケティング部門の責任者を歴任。2017年にコンサルティング企業を設立し、大手製造業の開発革新、中小企業、ベンチャー企業の経営改革支援、人材育成支援などを行っている。2023年より独立行政法人中小企業基盤整備機構(以下、中小機構)のチーフインキュベーションマネージャーに就任。

企業に合わせた支援の形。ネットワークを強みにそれぞれの課題に寄り添う

農工大・多摩小金井ベンチャーポートの外観

農工大・多摩小金井ベンチャーポートの概要を教えてください。

農工大・多摩小金井ベンチャーポートは、東京農工大学と連携し、同大学の小金井キャンパス内で運営を行う大学連携型のインキュベーション施設です。中小機構が東京都と小金井市から要請を受け、2008年8月にオープンしました。

施設の構成は、2階と3階に合わせて17室のラボタイプと4室のオフィスタイプの部屋を備えています。スタッフは私を含めて4人です。中小機構にはさまざまな専門家のネットワークがあり、必要に応じてその力を借りながら創業支援をしています。

当施設の特徴の一つは、東京農工大学との強い連携です。大学がアントレプレナー教育に力を入れていることもあり、私たちも大学内の施設、たとえばディープテック産業開発機構やURAC(University Research Administration Center)などと連携しながら支援を行っています。

起業家を支援するにあたり、どのような取り組みをしていますか。

まずは、年2回の面談を行っています。その際、事業状況や決算状況、入居時に立てた卒業目標の進捗などを確認し、必要に応じてアドバイスを提供しています。施設には常駐スタッフがいるため、年間の面談に限らず、日々のコミュニケーションを通じて随時サポートを行っています。

さらに、卒業生によるセミナーの開催や、入居者同士のネットワーク作りを目的とした勉強会なども実施しています。昨年度は、勉強会を3回、卒業生を講師に迎えたセミナーを1回開催しました。これらの活動を通じて、入居企業間や農工大内のベンチャー企業とのネットワーク構築を促進しています。

ベンチャーポートの最大の魅力は、中立の立場で支援を行うこと。それぞれの入居者に合わせた支援と仕組みづくりを心がけています。

技術と経営の架け橋に──起業家の成功を支える顧客価値の発見と追求

賀門氏が会議室で起業家とミーティングする様子

賀門さんのこれまでのキャリアについて教えてください。

私のキャリアは、大手精密機器メーカーのエンジニアとしてスタートしました。当初は複合機の製品開発、特に制御系の開発やマネジメントに携わっていました。その後、IT企業や外資系企業の製品開発現場やマーケティング部門を渡り歩いた後、コンサルタントとして独立。企業の製品開発改革や新製品創出の支援に関わるうちに、経営支援にも携わるようになっていきました。

今振り返ると、2000年頃に外資系企業に転職したことが私の転機だったと感じています。外資系企業の視点から日本企業を見ることで、日本企業の課題を痛感したんです。

日本企業は既存事業を存続させることは得意ですが、新規事業を生み出すことが苦手です。組織としての生産性を上げるために分業化を進める中で、個人としての生産性は下がっているという問題も抱えています。

そうした状況が見えたとき「日本の企業は、このままではいけない」という危機感を覚えました。そこから、中小企業支援や創業支援に携わるようになっていったんです。今でもその想いが、私の原動力になっています。

ご自身のどんな経験が起業家支援に役立っていますか?

ものづくりのエンジニアとしての背景を持ちながら、マーケティングや事業開発の経験を持っていることが、支援に活かせていると感じています。

多くの企業が「技術」と「経営」のバランスを取るのに苦心されています。優れた技術を持っていても、それをビジネスとして成功させるのは別の話です。そこで、技術面でのアドバイスはもちろん、マーケティングや事業計画の立て方、資金調達の方法など、経営全般にわたる支援を行っています。

とくに力を入れているのが、「顧客価値」の発見と追求です。ときに起業家は、自社の技術や製品に夢中になるあまり、顧客ニーズを見失ってしまうことがあります。私は、「お客さんは誰ですか?」「お客さんのペインは何ですか?」「競合はどんなアピールをしていますか?」といった問いかけを通じて、視点を市場に戻していくようにしています。

顧客価値を見出し、仮説を立てて検証し、紆余曲折を経ながらも真の事業価値につなげていくプロセスがやはり重要ですね。

大切なのは、信頼関係。悩んだときに「ヘルプ」を出せる環境づくりを

農工大・多摩小金井ベンチャーポートの正面玄関

起業家を支援する際に心がけていることはなんですか?

支援を行う上で私が心がけていることは、入居企業との信頼関係の構築です。ベンチャーキャピタルでも資金提供者でもない我々の立場では、企業から求められない限り、口出しすることができません。そのため、いかに自分たちを仲間として受け入れてもらえるかが重要なのです。

これはまさに私自身のマーケティング活動だと捉えています。相手にとって自分がどう役立つかを常に考え、伝えることを心がけています。また合わせて、企業から「助けて」といってもらえるような、ヘルプを出しやすい環境や仕組みづくりにも注力しています。

私自身も一人で抱え込むのではなく、周囲と協力して支援を行うことを大切にしています。中小機構を通じた専門家との繋がりはもちろん、地域との連携、商工会や地元中小企業とのネットワークづくりをすることで、悩みに応じた適切なアテンドができるようにしています。

さまざまな起業家を支援する中で、印象に残っている出来事はありますか?

印象に残っている出来事としては、ポジティブな面とネガティブな面の両方があります。ネガティブな例としては、資金不足で経営状況が悪化し、支援が難しくなってしまうケースです。このような事態を防ぐために、早期に危険を察知し、ビジネスプランのブラッシュアップや資金管理の支援を行う必要性を強く感じています。

一方、ポジティブな面では、企業との信頼関係が築かれ、定期的な相談や支援を行えるようになったことが挙げられます。とくにマーケティングやウェブページの改善など、私の得意分野で貢献できることが増えてきました。ある企業とは毎月1回必ず話をする機会を設けており、マーケティング戦略やウェブページの改善について意見交換をしています。

マーケティングに関して支援を求める企業も徐々に増えてきているため、昨年はマーケティングセミナーを3回ほど開催しました。こうした得意分野で役立てるときは嬉しいですね。

創業支援は非常に難しいもので、一般企業の支援と比べると、成果が出にくい分野です。しかし、その難しさや奥深さが、私のやりがいにもなっています。成功してもらえるように、私自身も研鑽を続けていきたいです。

起業支援で日本企業に変革を。INCU Tokyoのネットワークにも期待を込めて

賀門氏のインタビュー風景

今後の目標とめざす未来について教えてください。

今年度の目標は、豊富なネットワークの存在を入居者にしっかりと示すことです。東京農工大学や東京都、そして多数の専門家とのつながりを持っていることを伝え、安心感を与えたいと考えています。これにより、企業からの相談件数が増え、より明確に支援ができるようにしていきたいです。

現在、ベンチャーポートには12社が入居しており、これまでに27社が卒業しています。卒業企業の中にはさまざまな賞を受賞している企業もいますが、まだIPOを実現した企業はいないため、初のIPOもめざしていきたいですね。

それぞれの想いを持った起業家の方々の支援を通じて、日本企業のあり方を変えていきたいです。

INCU Tokyoに期待することや、コミュニティメンバーと実現してみたいことはありますか?

INCU Tokyoをハブとして活用し、さまざまな支援施設とのネットワークを構築したいと考えています。INCU Tokyo内でのノウハウもあれば、インキュベーションマネージャーの個別の活動を通してのノウハウもあると思うので、情報共有していきたいですね。

また今後、INCU Tokyoの中で成功事例が出てくれば、それを他の施設にも展開していけるのではないかと期待しています。INCU Tokyoを中心としたネットワークの活性化と、その効果の波及を楽しみにしています。

記載内容は2024年9月時点のものです。

インキュベーション・
コミュニティ
「INCU Tokyo」へ参加する

募集概要を確認のうえ、
下記から申し込みください。