Interview
地域に根ざし、地域に雇用を創出する。信用金庫や起業家と共に地域創生をめざす
荒川区町屋に根ざしたインキュベーション施設「COSA ON」。インキュベーションマネージャーを務める小野 史人氏は、3年という限られた期間で成長をサポートするため「経営者の決断をシンプルにすることを心がけている」と話します。自らも経営者であるからこそできるアドバイスで起業家を支える小野氏のポリシーを聞きました。
プロフィール
株式会社ライブリッツ・アンド・カンパニー代表取締役、中小企業診断士。
経営者とその従業員・スタッフが夢や目標に何度でもチャレンジできる環境と可能性を提供できるコンサルティングを心がけている。経営理念は「成長の歴史と証を共に創り、心を、組織を、未来を、動かす」
入居の条件は地域経済に貢献し、雇用を生み出すビジネスであること
まずは、COSA ONの特徴について教えてください。
COSA ONは城北信用金庫が運営するインキュベーション施設です。1階にNPO法人が運営するカフェがあり、2階がオフィススペースという造りになっています。
信用金庫が運営しているという信頼性に加え、入居費用に対して設備がとても充実していることも特徴です。各部屋にセキュリティが付いていて防音性も高く、3DCGを扱う企業が不自由なく作業できるほどインターネットも高速です。365日24時間使えてインフラが整っているからこそ、事業に集中できる環境があります。
なぜ信用金庫がインキュベーション施設を運営しているのでしょうか?
COSA ONの目的は、あくまで地域経済の活性化です。荒川区、北区、足立区といった城北信用金庫の“地元”で起業してもらい、将来は雇用を生み出すことで地域創生に寄与してもらうんです。そのため、入居審査で重視するのは事業計画書です。業種は問いませんが、地域密着型の事業を志向しているか、従業員を雇用するビジネスモデルになっているかなどをしっかり見極めます。
入居期間は最長で3年。これは、早期に成長してもらい、地域に雇用を生み出してもらうためです。地域創生という目的が明確にあるからこそ、入居後も事業計画にもとづいた経営ができているか、比較的厳しくチェックしています。
入居期間中、どのようなサポートをしていますか?
毎月1回、定例報告会を実施し、業績を報告してもらいます。企業側から報告してもらうという形をとることで、試算表などの数字をまとめる意識や資料作成の習慣が自然と身についていきます。最長3年しかいられませんから、自立してもらうことが大切。私自身も積極的に関与していくというより、何かに困っていると報告を受けたらサポートするという姿勢を大切にしています。
信用金庫が母体ではありますが、必ずしも融資を受けられるというわけではありません。信用金庫も選ばれる立場ですから。金融機関から融資を受けるのが良いのか、VC(ベンチャーキャピタル)が良いのか、自己資金でやっていくのか。それも起業家の判断です。
自分も経営者だからわかる。「生臭い」部分を含めたアドバイスでサポート
小野さんのこれまでのキャリアを教えてください。
私はもともと東証一部上場の独立系SIerに勤めていました。大企業向けに原価計算や管理会計システムを導入するための営業職です。その後、コンサルタントとして大企業の事業や組織の変遷に携わる中で、もっと全体に深く関わっていきたいと考えるようになりました。
そこで、会計系コンサルファームや中堅SIerに勤めながら中小企業診断士の資格を取得。35歳で独立し、中小企業の支援をしてきました。
インキュベーションマネージャーになったのは、どのような経緯ですか?
中小企業の支援の中でも、私は企業再生の案件を多く抱えていて、城北信用金庫とも企業再生のプロジェクトで出会いました。その縁から声をかけてもらいインキュベーションマネージャーに就任したのですが、私が打診されたのは「うまくいかなかった事例をたくさん知っているから」だと思っています。
起業する人は人生を賭けています。けれど、勢いだけではうまくいきません。成功事例を知っていることも大事だけれど、うまくいかなかった時、組織が拡大する中で壁にぶつかった時、どう乗り越えればいいのか。それを知っていることも私の強みです。
それまでと違う起業家支援に挑戦するにあたり、城北信用金庫の想いに共感した部分も大きいのでしょうか?
そうですね。まず、城北信用金庫は企業に対してとても手厚い事業支援をするんです。そこに惹かれていたからこそ、城北信用金庫の取り組みを支援したかったということが一つ。また、地元に雇用と産業を作るということに真面目に取り組んでいることにも惹かれました。大企業が都心に集中する中、とても信用金庫らしい取り組みですよね。
自身の経営者としての経験は、起業家支援にどのように活かされていますか?
自分が会社を経営しているからこそわかることはたくさんあります。とくに、組織運営や資金繰りなど、経営の「生臭い」部分は、実際に経験しなければ見えないこともあると思います。自分が悩んだ経験や解決策を共有できる時に、これまでの経験が活かせていると感じます。
複雑な状況に直面した時、選択肢を整理して決断をシンプルにしてあげる
支援をする上で心がけていることを教えてください。
経営者の決断をサポートすることです。経営はさまざまなステークホルダーが絡んでいますから、経営者は複雑な状況に直面することが多くあります。時には共同経営者と意見が分かれて、どう接したらいいかわからなくなることもあります。その状況を整理し、「決断をシンプルにする」サポートをする。意思決定をするのは経営者ですから、決断に迷っている時に選択肢を整理し、背中を押してあげることを大切にしています。
これまで支援してきた中で、とくに印象に残っている事例はありますか?
脱サラして映像制作会社を立ち上げた方です。毎月の報告会では雇用や資金繰りについて話すことが多かったのですが、入居時から明確なビジョンと事業展開の計画をしっかり持っていたのが印象的でしたね。成長も早く、最初は3人だった従業員もどんどん増え、1年半で卒業していきました。今でも定期的に報告に来てくれます。
他にも、いくつもの有名大学と取引をするようになったシステム会社もありました。当施設にはIPOをめざすような目立つ企業は多くありませんが、しっかりと地域や社会に貢献する企業を生み出していると自負しています。
インキュベーションマネージャーとしてのやりがいは何ですか?
自分たちで事業を大きくして、雇用を生んで、卒業していく姿を見られることです。私は3年の期間満了までいてほしいとは、少しも思っていません。早く独り立ちして、卒業してもらいたい。だから、そういった姿を見られることは本当にうれしいですね。
また、起業家たちのキラキラした目を見られることもやりがいです。自分のやりたいことがしっかりあって、忙しくても前を向いて働いている姿はすてきです。COSA ONは24時間365日使えるので、朝早くから来る人もいれば、昼に家に帰って食事をする人もいて、それぞれのライフスタイルに合わせて柔軟に働いています。そういう姿に、私も刺激を受けています。
事業に集中できる環境で、地域に根ざした起業家を育てる
COSA ONには、どのような起業家に入居してほしいと考えていますか?
地域に根ざした起業家を求めています。世界に進出することよりも、地域で雇用を創出し、自分たちも地域で生活しながら街を変えていく。そんな意欲のある起業家を歓迎しています。
COSA ONを通じて実現したいことを教えてください。
城北信用金庫は、高齢化が進むエリアの中で、若い世代の人たちが新しい産業を生み出していくことが重要だと考えています。その想いをCOSA ONでかなえていきたいですね。
ですから、施設を拡張することよりも、しっかりと起業家を生み出すこと、単なるシェアオフィスにならないことを大切にしています。3年という入居期限があることを厳しいと感じる方もいるかもしれませんが、事業に集中できる環境で計画性を持って進んでもらいたいと思っています。
最後に、INCU Tokyoで実現したいことを教えてください。
インキュベーション施設同士の緩やかなつながりを持ちたいと考えています。たとえば、開業するにあたりエリアの特性や施設ごとの得意分野を理解していれば、より適切なインキュベーション施設を紹介し合うことができると思います。
また、支援における成功事例だけではなく、失敗事例も共有できると良いのではないでしょうか。「うまくいかなかった時に、インキュベーションマネージャーとしてどうするか」を考えるような場が設けられるとおもしろいですね。
記載内容は2024年9月時点のものです。