Interview
人と場をつなげて活性化をめざす。地域を愛し、起業家を支えるHUB拠点の挑戦
シェアオフィス「ベンチャーステージ上野」、シェアアトリエ「reboot」、イベントスペース「SOOO dramatic!」、そして創業支援ネットワーク「イッサイガッサイ東東京モノづくりHUB」と、つぎつぎと注目の施設を開設し、起業家支援を行う小林 一雄氏。地域に根ざした支援への想いを語ります。
プロフィール
1971年生まれ。慶應義塾大学卒業後、日野自動車工業を経て家業のメトロ設計に入社。2008年に五代目社長に就任し、インキュベーション施設やシェアアトリエ、イベントスペースを立ち上げ、地域密着のまちづくり事業に尽力。2022年からは地元有志と養蜂活動「鶯谷ハニーラボ」を展開中。
起業家とクリエイターが集う場。共創が広がる東東京の複合施設とは
施設の概要について教えてください。
古くから受け継がれてきた職人の技や新しいアイデアを持つクリエイターたちが数多く集まる東東京。その魅力を最大限に引き出し、新しい価値を生み出すための拠点として施設は機能しています。
私が代表を務めるメトロ設計株式会社の本社ビルを利用し、さまざまな機能を持つ複合施設が誕生しました。4階はシェアオフィス「ベンチャーステージ上野」、2階はシェアアトリエ「reboot」、1階にはイベントスペース「SOOO dramatic!」、そしてこれらの場と人をつなぐ創業支援ネットワーク「イッサイガッサイ東東京モノづくりHUB」を開設。さらに屋上では養蜂活動も行っており地域との連携を深める取り組みも行っています。
起業支援における施設の強みや、実際の支援内容についてもお聞かせください。
施設の特徴は、単なるオフィススペースの提供にとどまらずクリエイターや起業家、そして専門家が一堂に会する場所となっていることです。たとえば、4階のシェアオフィスには起業をめざす方々だけでなく、税理士や行政書士などの専門家も入居しています。これにより、起業の初期段階から専門的なアドバイスを受けられる環境が整っています。
イベントの開催も当施設の大きな特徴で、ワークショップやマルシェなど年間450回以上ものイベントが開催されています。これらのイベントを通じて、施設や入居者の認知度を高めるだけでなく、新たな出会いやコラボレーションの機会を創出。たとえば、社会問題を発信する入居者と映画監督が出会い、共同で映画上映会を開催するなど入居者同士のコラボレーションも生まれています。
東東京の地で施設を立ち上げた理由はなんだったのでしょうか?
当施設を立ち上げた背景には、私自身の台東区への深い愛着があります。小学校から高校まで育ったこの町に特別な想い入れがあるんですよね。大人になってからあらためて街の歴史を知り、伝統的な職人の街が徐々に変化していることを実感しました。その中で、この町を活性化させたいという強い想いが生まれたんです。
エンジン開発から起業家支援へ。キャリアの転機に見出したインキュベーションの道
これまで小林さんはどのようなキャリアを歩まれてきましたか?
大学の理工学部を卒業後、トラックメーカーへ就職しました。エンジンR&D部先行開発チームに配属され、3DCADを用いたコンカレントエンジニアリングのプロジェクトに携わっていたんです。この経験は後のメトロ設計での仕事にも活かされ、現在では3DCADを使用した地下構造物の設計やBIM/CIMへの取り組みにもつながっています。
その後、エンジン開発から車両設計チームへの異動が決まったタイミングで、祖父の代から続くメトロ設計への転職を決意。入社後はMBAを取得し、自身の3DCADの知識と会社の強みを活かせる、情報システム関連の新規事業を立ち上げました。しかし苦戦を強いられ、倒産の危機に直面したことも。こうした経験を通じて、起業家が直面する「死の谷」をどう乗り越えるか。身をもってその大変さとノウハウを得ることができました。このような経験から、2004年にシェアオフィスを開設し、起業家支援の分野に本格的に足を踏み入れていきました。
インキュベーション事業に関わることになったきっかけは、なんだったのでしょうか?
きっかけは、ビジネススクール時代の同級生の若山 泰親さんがブレイクポイント株式会社を起業したタイミングで、彼が日本にインキュベーションを広げていきたいという想いに共感したことからでした。
日本で起業家が増えない理由の1つは、オフィス代の高さです。自分の事業に投資する前に、 オフィスを借りるだけで莫大なお金がかかってしまう時代でした。そこで、そういう人たちを助けるオフィスを展開したいと考えまして。
当社ビルの中のテナントもちょうど空いており、またシェアという形で貸すとリスクも分散され、良いビジネスモデルだということがわかりました。そして、若山さんと一緒に最初のインキュベーション施設「ベンチャーステージ上野」のオープンに踏み切ったのです。
人と人をつなぐ力が未来を創る。起業家に寄り添うサポートの現場
起業家を支援する上で心がけていることはなんですか?
起業家支援において私が最も心がけていることは、起業家の方々が孤独にならないようにサポートすること。創業期はとくに孤独を感じやすい時期です。いろんな人との出会いがきっかけで新しいチャンスがどんどん生まれていくため、そういう場を提供したいんです。
具体的には、さまざまな交流会への参加を促したり、多くの人と出会える機会を積極的に設けたり。施設内でメンバーミーティングを定期的に開催し、入居者同士のコミュニケーションを促進することもその一環です。
さらに、私自身がこれまでに築いてきた多様なネットワークを活かし、起業家の方々の相談に応じて適切な人材を紹介することも心がけています。人と人をつなぐことで新たなビジネスチャンスや協業の可能性が生まれることも少なくありません。
人と人とをつないでこられた中で、印象に残っていることについて教えてください。
とくに印象的なのは、この施設が地域に愛される存在として成長したということです。1階のイベントスペースでは演劇が行われたり、さまざまなクリエイターが活動したりと多様な人々が集う場所となっています。
とくに嬉しかったのは、当社が60周年を迎えた際のイベントです。区長をはじめ、地元の多くの方々にご来場いただき、この施設が地域コミュニティの中心的な存在となっていることを実感しました。
起業家支援の魅力や、やりがいについて教えてください。
起業支援に関わる中で最もやりがいを感じるのは、支援した起業家の方々の活躍を目にすることです。たとえば、当施設の創業スクールの卒業生の中には全国ビジネスプランコンテストで経済産業大臣賞を受賞した方もいます。今は根津で鯨の割烹料理屋を経営され、当時は南房総で唯一捕鯨を行っている鯨という珍しい食材を通じて文化を伝えたいという強い想いが評価されました。
また、最近の卒業生で印象に残っているのは、株式会社RINというロスフラワーを扱う事業を始めた河島春佳さんという方です。当施設のシェアアトリエで活動を始め、現在はサブスクリプション型のロスフラワーの実店舗を出店されました。花のロスを減らしたいという明確な目標を持ち、順調に成長されていった姿を見るのは本当に嬉しい経験でした。
私自身、日々の活動や新しいことへのチャレンジを通じて、毎日が刺激的だと感じています。さまざまな方との出会いを大切にしており、街を歩くと知り合いに会える機会が多いのは、この仕事の醍醐味だと思います。
オーナーの意識が変われば、新しい場が生まれ、地域が活性化していく
これからの施設運営において、どのような起業家に入居してもらいたいですか?
都心の洗練された場所ではなく、東東京の下町という特性を活かせる企業を求めています。具体的には、地域を盛り上げたい、地域の特性を活かしたビジネスをしたい、この場所ならではの仕事をしたいと考える人たちです。
そういった志を持つ人たちが集まることで、相乗効果が生まれると考えています。地域性を重視し、この場所でこそ実現できるビジネスを展開する企業を歓迎します。たとえば、地元の資源を活用した商品開発や下町の雰囲気を活かしたサービス提供など、この地域ならではの価値を創出できる企業との協働を楽しみにしています。
そして、今後はさらに地域貢献活動に積極的に参加してくれるメンバーを募集したいと思っています。地域と連携しながら、この場所ならではの価値を創出していくことをめざしています。
価値創造のさらなる実現化をめざしてINCU Tokyoに参画されたのですね。
INCU Tokyoに参画した理由は、そもそも当社のシェアオフィス立ち上げ時からインキュベーション施設として東京都産業労働局から認定されており、関わりが深かったからです。その上でINCU Tokyoメンバー同士の交流も重要だと考え、自施設だけでなく他の施設の特徴も把握することで起業家に最適な環境を提案できると思っています。
最後に、新しいことを始めようとしている人へメッセージをお願いします。
私は、不動産オーナーの意識次第で街が大きく変わると信じています。採算だけの考えでしたら簡単に貸し出せますが、それでは同じような店舗ばかりが入居してしまいます。一方、志のあるオーナーがいる地域では、若い人たちがスモールビジネスを立ち上げる場所ができ、地域が活性化しているんです。だからオーナーの考え方次第で、日本に起業家が増えていく可能性があるんです。
新しいことを始めるにあたって、気になったら実際に行動してみることの重要性を強調したいと思います。私はお酒は飲めませんが、躊躇せずにさまざまなイベントに顔を出すことで新しいビジネスや機会が生まれた経験があります。積極的な姿勢が次の展開につながっていくので、一歩踏み出してもらいたいですね。
記載内容は2024年10月時点のものです。