Interview
「人生の転機に寄り添う」存在に。女性起業家を後押しする武蔵小山創業支援センター
女性の起業を後押しすることをコンセプトにスタートした、武蔵小山創業支援センター(通称MUSAKO HOUSE)。センター長を務める藤井 あい子氏は、さまざまなライフイベント中でも起業できるよう、一人ひとりに合わせた支援を心がけています。「人生の転機に寄り添うこと」を軸としてきた藤井氏に、これまでの取り組みと想いを伺います。
プロフィール
大学卒業後、不動産デベロッパーにて営業・販促経験を積む。その後、ブライダル業界、子育て支援事業などに従事。現在は、エキスパート・リンク株式会社 取締役 兼 IVP事業部 事業部長として行政機関での創業支援に携わり、品川区立武蔵小山創業支援センターではセンター長として女性起業家支援を主に行っている。
起業前から起業後まで。ニーズに合わせた豊富な支援
武蔵小山創業支援センターの概要を教えてください。
武蔵小山創業支援センターは、品川区と目黒区の区境近くにある、品川区が運営する創業支援施設です。6階建ての建物で、1階にはテストマーケティングから実店舗出店までの流れを経験できるチャレンジショップ、デザインファクトリー、コラボレーションスペースがあります。4階は事務局と交流サロン、5階は有料の会議室、6階がコワーキングスペースとなっています(2階と3階には認証保育園がテナントとして入居)。
女性の起業・事業を後押しするコンセプトでスタートしたことから、現在の入居者は全員女性で、事務局メンバーもほとんどが女性です。スタッフは過去に起業経験があったり、起業家支援に想いを持っていたりと、入居者に寄り添える人材が集まっています。インキュベーションマネージャーは中小企業診断士の資格を持っている人が多く、専門的な知識と実践的なスキルを活かしたサポートを行っています。
起業支援をするにあたって、どのような取り組みをしていますか?
武蔵小山創業支援センターは、起業にあたってさまざまな取り組みを行っています。
代表的なものは「女性のための起業スクールMU☆SAKO」です。3カ月間にわたる集中的なプログラムで、全10回、毎週土曜日に朝10時から夕方5時まで開催しています。ここでは、事業計画の立て方から資金調達、マーケティングまで、起業に必要な知識やスキルを体系的に学ぶことができます。未就学児対象の保育サービスが付いていて、子育て中の方もご参加いただけます。
また、全国の女性起業家を対象とした「ウーマンズビジネスグランプリin品川」というビジネスコンテストや「羽ばたけ!☆アントレーヌ」というテスト出店イベントも毎年開催しています。
2024年度から始めた「MUSAKO irodori Academy(ムサコイロドリアカデミー)」では、起業家の方々が講師となって、一般の方々に向けて講座を開くという取り組みを行っています。これは起業家の方々にとっては新たな挑戦の機会となり、同時に地域の方々にも学びの場を提供できるという、Win-Winの関係を作り出しています。
さらに、2023年度から、スケールアップしたい女性起業家のための経営者育成講座「ウーマンスケールアッププログラム」を実施し、起業初期の方からスケールアップしたい方まで幅広い層への支援を行っています。
その他にも、年間80回ほどセミナーやイベントを開催しています。
入居者の状況によってニーズが異なるため、一律の支援メニューは設けていませんが、月に4日以上のインキュベーションマネージャーによる個別相談や予約不要の「フリートークラウンジ」を実施。センターの支援メニューをご紹介することで、起業志望者の方の状況に合わせた、さまざまな企画に参加いただけるような仕組みづくりをしています。
きっかけは、起業スクール。受講生から支援者へ
藤井さんのこれまでの歩みと、起業支援に携わるようになった経緯を教えてください。
幼少期はフランスやカナダなどで海外生活を経験し、性差や固定観念にとらわれない多様な考え方に触れてきました。大学では経営学を学び、キャリアの中では不動産業界やブライダル業界、子育て支援の立ち上げに携わってきました。その根底には、選択肢を持ち悩んだり迷ったりした時に「人生の転機に寄り添う」という想いがあったと感じています。
武蔵小山創業支援センターに出会ったのは、私自身がもともと利用者で、セミナーを受講したことがきっかけです。当時、2歳半の長女と生後3カ月の次女がいる中、子育てをしながら起業したい!と思い参加したんです。メールマガジンで起業スクールの案内をもらい、締め切り1 日前にエントリーして受講生となりました。起業スクールには保育サービスも付いているため、当時子育てで自分の時間がまったく取れない状況だった私にとって、育児と勉強を両立できる貴重な場だと感じました。
その後、自身が起業をすることは保留にしたのですが、武蔵小山創業支援センターの事務局ポストが空いたタイミングで声を掛けてもらい、9年前から起業支援に携わるようになりました。
起業支援に携わる中で、どのような点にやりがいを感じますか?
起業支援は、これまでのキャリアの軸と同様に、人生の転機に寄り添う仕事だと考えています。起業を決意する瞬間、事業が軌道に乗り始める瞬間、そして新たな挑戦を決意する瞬間。そうした大切な場面に立ち会い、支えていけることがやりがいですね。
また現在は、センター長としてイベントやセミナーの企画・入居者支援・インキュベーションマネージャーや事務局スタッフのマネジメントなど、幅広い業務を担当しています。多くの方に広い視点で関わりながら、世の中のニーズに合わせてさまざまな企画を考えていくなど、日々新しいことに取り組める点にもやりがいを感じています。
夢を現実に変えていく起業家たち。そのために必要なこととは
起業支援をする中で、印象に残っていることを教えてください。
直近では、フェムテック商品の開発に取り組む起業家で日本製月経カップ「murmo/マーモ」を開発された株式会社murmur(マーマー)の高島 華子さんが印象に残っています。出会った当初はまだ構想段階でしたが、3年かけて試作を繰り返し、商品化にたどり着き、クラウドファンディングを成功させました。今では全国の展示会を回るなど、着実に事業を展開しています。高島さんの姿を見て「思いをカタチにするために、本当に頑張ったんだな」と思うと同時に、夢物語で終わらせずに実現していく力の素晴らしさを感じました。
また、昭和時代のビンテージ事業を展開される株式会社ダブルエスワールドの大西 澄江さんの事例も印象深いです。7年前に出会った時には、まだ昭和レトロブームが起きていなかったのですが、大西さんご自身の800着もの昭和時代の衣装コレクションを活かし、すでに事業を始められていたんです。昭和当時、銀座のデパートで一点一点お仕立てをしてもらった──など、それぞれにストーリーがある、唯一無二のワードローブ。当初は「古着」とのすみ分けができず、なかなか一般には受け入れられませんでしたが、NHKの連続テレビ小説の衣装提供など本物志向の方には知っていただいていました。その後、粘り強く続けた結果、今では、昭和をテーマにしたイベントやテーマパークの監修を依頼されるほどの存在になりました。この方の成功も、先見の明と継続の力を示したすてきなエピソードです。
こうした経験をすると、起業家の想いである「原点」が大事だと実感します。事業計画書の作成を通じて、なぜその事業をやりたいのか、どんな未来を描いているのか。協力者を募る上でも、その想いを語ることは重要なプロセスです。定期的にその計画を見直しながら、ブレない軸を持ち続けることが大切だと感じています。
起業家の方々を支援する際に、心がけていることはありますか?
それぞれの目標や状況に寄り添うことを心がけています。女性起業家の中には、子育てをしながら空いた時間で起業をめざす方もいれば、一念発起して会社員を辞めて事業に取り組む方もいます。そのため、一人ひとりの目標やありたい像に合わせたサポートをするようにしています。
また、起業家同士の横のつながりも大切にしています。入居者の交流会を行ったり、施設の卒業生を講師として招いたセミナーを実施したり。Slackなどのコミュニケーションツールや、Facebookグループなどのソーシャルメディアを活用することで、歴代卒業生のコミュニティも設けています。
そうした中で、互いに学び、励まし合って応援できるようなつながりを作るようにしています。
INCU Tokyoを通じてさらなる発展を。よりよい施設をめざし続ける
どのような起業家に施設を利用してもらいたいですか?
さまざまな背景を持つ方々に利用していただきたいと考えています。武蔵小山創業支援センターは、未就学児のお子さんを持つ方々にも気軽に利用していただけます。コワーキングスペースにお子さんを連れてくることができるため、子育て中の方も歓迎です。
また、品川区の施設ではありますが、区民以外の方々にも門戸を開いています。東京近郊にお住まいの方や、東京に拠点を持ちたいと考えている地方の方々にも活用していただきたいですね。実際に、西日本から本社拠点を移動されたような方も過去にいらっしゃいました。
かつて女性がビジネスを始める場合は、自宅でお教室やサロンを開くことが多く、小さく始めて、口コミで広がっていく──そんなスタイルが主でした。しかし、現在はWebやSNSが発達し、個人の発信力も上がることで、まったく知らない人にも顧客になってもらえる機会が増えています。SNS発信により、海外メディアから取り上げられるような方もいらっしゃいます。可能性は無限に広がっていると感じます。
起業の一歩を踏み出してみたいと思う方には、ぜひ挑戦してみてほしいですね。
インキュベーション・コミュニティ「INCU Tokyo」を通して、実現したいことはありますか?
INCU Tokyoを通して、施設のことをより知っていただく機会にして、さらに発展させていきたいです。品川区が行っている事業なので、行政と共に事業を発展させていきたい方などにもメリットがありますので、INCU Tokyoを通じて当施設を知っていただき、ウーマンズビジネスグランプリなどへも全国からチャレンジしてくださる方とつながりを持ちたいです。
また、当施設に新しく加わったスタッフにINCU Tokyoのセミナーを受講してもらい、創業支援の知識やスキルを磨いてもらうなど、学びの機会を活用できたらと考えています。
その他には、都内の他の施設とのつながりを深めていきたいです。新しい施設や運営される方々との出会い、お互いの取り組みについて情報交換しながら、相互に成長していけたら理想的です。可能であれば、他の施設と共同でイベントを開催するなど、新しい取り組みにも挑戦してみたいと考えています。
記載内容は2024年9月時点のものです。