Interview

笑顔で正面を向いている森林氏
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「人と人のつながり」で妄想や夢を現実に。フェーズゼロからのサポートをする「シーズ立川」

Cs TACHIKAWA(シーズ立川)

2016年に株式会社シーズプレイスを設立した森林 育代氏。翌年2月には、生まれ育った多摩地域で、仕事も子育ても楽しめる場を作りたいと保育園付きコワーキングスペース「Cs TACHIKAWA」(以下、シーズ立川)の運営をスタート。人の支えがあったから実現できたと語る森林氏に、立ち上げ時からの想いや意義を聞きました。

プロフィール

プロミュージシャンとして活動後、大手英会話スクールの営業、管理職に転身。育休後、外資系企業で営業セクレタリ、製薬会社のマーチャンダイザーなどフルタイムで働きながら子育・市民活動後2012年NPO法人ダイバーシティコミュ設立。16年株式会社シーズプレイス設立、21年経産省「はばたく中小企業300社」選定、22年東京都「東京ライフ・ワーク・バランス認定企業」認定。TOKYO創業ステーション起業コンシェルジュ。

仕事と子育てを両立できる場所。「シーズ立川」が提供する新しい働き方の提案

シーズ立川の内観イメージ

まずは、「シーズ立川」の特徴について教えてください。

シーズ立川は、2017年2月に事業をスタートした保育園付きのコワーキングスペースです。翌年には東京都の「インキュベーション施設運営計画認定事業」の認定を受け、現在に至っています。

施設の最大の特徴は、「みらいのたね保育園」という保育園が併設されていることです。もともと保育園付きのコワーキングスペースを作りたいという想いがあり、東京都の方に相談したところ、内閣府の当時できたばかりの仕組みを活用した「企業主導型」という制度があることを教えてもらいました。この制度を使うことで、シーズ立川で働いている方のお子さんを預かる「企業連携枠」と「地域のお子さん枠」という2つの枠での入園が可能になりました。

シーズ立川がある多摩地域は地域活動が活発でもあり、コミュニティビジネスの応援に積極的な風土があるため、何かを始めたい方を支援してくれる人も多いです。地域のつながりが強く、顔見知りになるうちに関係が深まっていくような土壌がありますね。

コワーキングスペースはどのような方が利用されていますか。

当初は女性専用のスペースとしてスタートしましたが、入居者からの要望を受けて、スタートから3カ月後には性別による利用制限はなくしました。今ではさまざまな業種の方が入居しており、多様性のある環境が自然と形成されていっています。

支援・サポートする上で、どのような強みがあると考えますか?

たとえば、当社では多摩信用金庫のWebメディア「共創たまちいき」の編集も担当しており、このような一つひとつの取り組みが地域とのつながりを深める重要な機会となっています。取材に行くと多摩地域の社会課題に触れる機会も多く、ここで得た情報や人脈は入居者の方々や相談者の方々にも還元でき、地域のエコシステムが生まれています。

また多摩地域の創業支援施設「TOKYO創業ステーションTAMA」では、私自身が起業コンシェルジュを務めていますので、こことのつながりも貴重なナレッジバンクにもなっていますし、起業家の方々との接点が増えることでより深い支援につながっていると感じています。

ミュージシャンから起業家へ。多彩なキャリアを経てインキュベーション施設を創設

入居者に講習を行う森林氏

森林さんのこれまでのキャリアを教えてください。

20代の頃はプロミュージシャンとして活動していました。とくにブラックミュージックが好きで、人種差別の問題を勉強したり、今ではDEIという言葉も浸透してきていますが、そういった領域を課題として考えたりする機会が多くありました。

その後、結婚して子育てを始めると、「なぜ女性に家事や育児の負担が偏ってしまうのか」という疑問に直面しました。そして同時に、私自身にも「私はお母さんだし、妻だからやらなきゃいけない」というような無意識の擦り込みがあったことに気づきました。

この気づきをきっかけに、次世代により良い社会を残したいと子どもの保育園の父母会長を務めたり、PTA活動をしたりと活動の場を広げていきました。子どもたちの身近な環境を変えていくことが、社会を変える一歩になると考えたんです。同時に、大手英会話スクールや外資系企業、製薬会社などで働きつつ、市民活動委員としても活動していました。

インキュベーションマネージャーになったきっかけはどのようなものでしたか?

市民と行政の間に立つ中で、より課題解決に関わりたいという想いが強くなり、2012年にNPO法人「ダイバーシティコミュ」を設立しました。この時は、市民活動委員時代の先輩で、市議を務めていた方からNPOの立ち上げ方を教わりましたし、NPO法人「ファザーリング・ジャパン」の代表からも後押しをいただけてとても励みになりました。

武蔵村山市の男女共同参画センターの指定管理を受けて1年間NPOで運営をしたのですが、より現実的な支援を考えた時に、公共施設には限界があると考えました。そして、子育ても仕事も両方楽しめて、自分らしく携わることができる場所を作りたいと思い、株式会社シーズプレイスを設立し、シーズ立川を作るに至りました。その後、インキュベーション施設として認可をいただきIMになった、という流れです。

立ち上げ時に苦労したことはありますか?

資金調達が課題でした。当時、金融機関や経済界の方々に相談に行くと「言っていることはわかるし、社会にとって良いことだとは思うけれども、それがビジネスとして成り立つの?」という反応がほとんどでした。一方で、子育て中の方や都内に長時間通勤している方、個人事業主の方々からは「そんな場所ができたら本当にうれしい、ぜひ頑張って!」という強い支持をいただけましたね。

さまざまな方の協力をもとに生まれた事業なんですね。

はい。立ち上げ時にはクラウドファンディングを実施し、多くの共感と寄付をいただきました。また、日本政策金融公庫から運転資金を得て、その後信用金庫からは設備投資の融資を受けました。

立川駅から徒歩5分という立地に関しても、当時場所の立ち上げ前に奮闘していた私のSNSでの発信を見た方が、今入っているこのビルのオーナーさんにつないでくださったんです。オーナーさんも自分のテナントを地域貢献に使いたいと思っていたそうで、ある意味奇跡的に巡り会えた場所なのです。

さらに人にも恵まれ、NPOの立ち上げ時から一緒に動いてきてくれたメンバーが今は副社長として支えてくれていますし、志を同じくする立川の子育て支援団体のメンバーとも出会い、会社を立ち上げることができました。

多様性を尊重する支援とは?「笑顔」で支えるインキュベーション活動

入居者の相談にのる森林氏

現在、シーズ立川で入居者の方を支援する上で心がけていることを教えてください。

支援や伴走をする上で、私が大切にしているのは多様性の尊重です。DEIの概念を基本に据え、多様な人生経験を持つ方々を受け入れ、支援しています。

もう1つ大切にしているのが、人と人とのつながりを作ることです。シーズ立川では、入居者同士のコラボレーションを促進しています。たとえば、まったく異なる業種の入居者AさんとBさんが協力してセミナーを開催したり、お互いのバックグラウンドを活かして新しいプロジェクトを立ち上げたりしています。当然、大変なこともありますが、すべては過程であり失敗はないと常に思っています。

ご自身の経験が今のインキュベーターとしての立場に活かせていると思うことはありますか?

私自身、子育てをしながら仕事を続けてきましたが、その中で感じた葛藤を乗り越えてきた経験はすべてと言って良いほど今の活動に活かされていると感じます。これまでミュージシャン、営業職、子育て、市民活動などさまざまな立場を経験してきたからこそ多角的な視点で相談者の話を聞くことができます。また、その際は常にオープンマインドでお話をうかがい、その方自身を尊重し、安心していただける場をご提供できるよう心がけています。

これまでの活動の中で、印象に残っている事例はありますか?

「みらいのたね保育園」の入園式では、なぜこのような保育園ができたのか、どのような会社が運営しているのかをお伝えしています。そのため、保護者の方々は普通の保育園とは少し違うたてつけだということを理解してくださっていますし、同じ場所で創業支援を行っていることも認識してくださっています。

その中で、ある保護者の方がフリーランスとして起業したいという想いを密かに持っていまして、何度か相談を受けたり、私のセミナーにも参加してもらったりしていたんです。結果的に、その方は順調にステップアップされ、創業セミナーで一緒に登壇することになりました。以前は起業について「自分にできるのだろうか、どうしよう」と悩んでいたママが、今では「先輩起業家」として共にスピーカーになっているんです(笑)。これはとても嬉しいことです。

互いに支え合うコラボレーションの力。起業家の「妄想」を現実に変えていく

シーズ立川の作業スペース

森林さんがとくにやりがいを感じるのは、どんな時でしょうか?

相談者の夢が少しずつ形になっていく過程を見守れることですね。さきほどお伝えしたように、かつての相談者が成長し、共に登壇するような機会もあります。こうした経験を通じて、支援の場が「種を育てるファーム」のような役割を果たしていることを実感しています。

また、この「シーズ」という名前には種という意味だけでなく、「C」から始まる前向きな言葉が集まる場所になってほしいという想いがあり、「Cの複数形」で「Cs」にしています。チャレンジやチャンス、カレッジ、コアなど、Cで始まる言葉にはポジティブな意味を持つものが多いなと昔から感じていて。これらの言葉が象徴する精神を大切にしながら、起業家の方々と共に私自身もまだまだ成長を続けていきたいと考えています。

具体的に取り組んでいきたいことはありますか?

具体的な取り組みとしては、コロナ禍になって以降ずっと中断していたビジネス交流会を近々再開する予定です。この交流会は、入居者だけでなく地域の方々も集まることのできる場にしたいと思っていますし、そこでさまざまな連携が生まれることを期待しています。

最後に、シーズプレイスでこの先に実現したいビジョンを教えてください。

「妄想」を「構想」に、そして「行動」に移すサポートをすることです。私たちの場では、とくに起業の初期段階、いわゆるフェーズゼロの方々をどう育てていくかが重要だと認識しています。「ビジネスの立ち上げについて知識はまるでないし、こんな夢みたいな妄想を話したら笑われるんじゃないか」と思わずに、どんどん相談や交流会に来てもらいたいですね。

また、私たちがめざしているのは、人と人のつながりを通じて価値を生み出すことです。個人で起業したい方が大規模な資金調達をめざすのも1つの道ですが、私たちの場がとくに重視しているのは人と人とのアイデアの融合です。互いのビジネスが独立しつつも、1人じゃできないようなことを誰かと協力し合うことで、大きくスケールできるような支援ができればと考えているんです。

シーズ立川があることで、人々の夢をつぶさずに、社会を変える可能性を育てる場所として機能できればうれしいですね。そして、そのプロセスを支える「接着剤」として、私たちも共に成長し続けていきたいです。

記載内容は2024年10月時点のものです。

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